宝槻美代子オフィシャルブログ

頸椎症 

頸椎症というものらしく(それは加齢によるものなんだってさ)右手が痺れてしょうもないから(といってもボケ防止で始めたバッハはことのほかよく弾けるような気がする。気のせいかもしれないが、若い時より良い感じで弾けてる気がする、こと自体がボケの始まりなのかもしれないが、どこかで披露するほどのものでもないが、披露しなくては次の曲に行けないし、いや、誰かにちょっと見せびらかしたいではないですか。そういう人にピッタリな「ピアノサークル」というものらしく、生徒が教えてくれたんだけど・・いやいろいろなサークルがあって、今時ピアノ弾ける人などたくさんいるであろう)
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 ぼけたばあさんは施設へ。さんざん東京で与ひょうをやりやがって、なししろーも去ったが(何度も書いたが、与ひょうって、最後ほんとうに「つう」を追っかけてたかな?もらった布売って都で遊ぶこと考えてるって感じの追いかけ方、でも本当につうを思っている側面もあり、そう、人ってそんなに単純じゃないよね、与ひょうほどの原始人でも、いや、文明を知った原始人ほど「ムズカシイ」ものはない)
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 こうしたからこうなった的 な図式を離れたいと思う。
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親の育て方が悪かったからこうなった、家族が言葉かけが少なかったからぼけた、わたしが収入が出来てあまり相手にできなくなったから夫がキャバクラに行った
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そうかな?
自分の人生は自分のものなのだと。
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それらの人たちが退去して、初めて全部の家計を担うようになり、私は気が付きました。
自分の人生は自分のものなのだと。
そんなこととっくに知っている人は知っていたと思う。家事をしているから家計はよろしく、がおかしいロジックなように、老人になったから年金、というのもおかしいのさ。
自分の口は自分で賄う。以上でも以下でもない。人を恨まない、自分を恨まない、人生を恨まない。
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そしてそんなこととっくにできたかもしれないのに「出来ないふり」をしていた私。
そういうもたれあいが人生をめんどくさくしてたよね。
「出来ないふり」で生きていく暇があったら、出来ること出来ないことをかき集めて神に問うてみることですよ
身の振り方が決まると思う。それを拝する謙虚ささえあれば仕事がない人などいないはず。
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頸椎症なのは分かったが、その診断に2軒近所の整形町医者にいったが、どっちもろくでもないの。
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町医者ってなんなの?
コミ症、一番それまずいでしょう。接客業なんだから。
整形なんか、不定愁訴な社会性のないばあさんが多く来てるからどうしても「何にも話聞きませんからよろしくさっさと診察室を去れ」な態度になるんだろうが、
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頸椎症なんか珍しくもない運動不足のおばさんの症状だから、それあとリハビリしてくださいね、みたいなさ、そこ一言あるだろよ
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 おばさん(62)
長男は会社を辞めて、2年前からフリーターです。引きこもりよりいいのかしらと思うけど。。「仕事」で帰ってこない日もあるんですが、でも夕飯は作っていますよ。お金ないんだか最近うちで食べる日が増えましたね。ああ、疲れた母ちゃんご飯、といわれると彼が高校生の頃なんか思い出して、やはり少し頑張る気になるけど。
夫は定年後、ありがたいことにその会社で雇用されております、週3日のアルバイトのような扱いですが、67でありがたいことです。だから息子にも会社を辞めるなといいましたが、時代が違うと言います。私にはよくわかりません
私の生活自体は何も変わらないのです。夫と息子と3人家族です。でも夫はもう大した給料も持ってきませんし、息子は親のいうことを聞く可愛いこどもではありません。
日々の家事が減ったわけでもないのです。夫は今でも夫のままで、家事を手伝おうともしません。夫にしろ息子にしろ、私の教育が悪かったと思いますが、刻刻変わっているのです状況は
状況・・・私の体のことですよ。私はもう若くはないのです。あんまり右手が痺れるので脳梗塞とか怖いじゃないですか、まずは近所の医者に行くと「頸椎症」といわれました。なにか服薬とシップをいただきましたが。脳梗塞、癌のような重篤な病気ではないのは幸いでしたが、毎日の手の痺れには参ります。
それでも私に家事サービスを要求する家族・・私は孫の世話がしたい、とかそんなことはあんまり考えていないんです。お友達と旅行、のようなこともそんなにしたいとは思わない。ただ、もうそろそろ「自分の時間と体は自分のために使いたい」と思っているだけなんです・・でもしょうがないですよね、私は結婚して以来働いていないし。家族に奉仕して生きてきた人間ですから・・贅沢な悩みですね。手が痺れるくらいで気が弱くなってしまって・・。
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おい、こういう「おばさん」に対する想像力ないなら、街場で整形外科医も声楽の先生もやらないでほしい。
人をぜったい「良くしよう」と思わないならやめな。大学病院で権威な位置に行かれなかった不満は私たち民にぶつけるものではない。くだらん、医者のエリート意識、接客の中で多くを学んでほしいよ。「心臓外科医」ばっかじゃ困る、大体は腰痛とか五十肩とか片頭痛とか胃もたれとか不眠とかで困ってるんだから。いつか人は絶対に死ぬが、死ぬまでの「不調」に関して町の「センセイ」(もちろん私も)は責任を持とうよ。よくいらしてくれた、つらかったでしょうね、といってほしいよ。自分の技術が許す限りは誠意を尽くす、といいましょう。先生業とはそういうものです。

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反省もする。
私ごときに意見を聞きに来てくれる生徒に私は真摯に向き合っているつもりだが、医者もそうだが「やる気」だけじゃだめで、「技術」もいるんだが、
でも私はこの13年仕事が減らないが(初めのころの休日なしでやってた頃とは違うけど)それなりに自信もあるんだが、そんなものは大事ではない。目の前の人と(それは毎週来ている人でも)どれだけ向き合えるかなんですよ。
いやあ、趣味ですから、ということは「ない」ですね、経験上。
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しかし思うよ、今までかなり「権威」なセンセにもついてきた私だが(声楽の話ね)
それがどうした、だった。
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と思うのは今ついている先生(2年以上になるか)がすばらしく良いからなんだが、本当に初めて「本当」なことを教わった気がしている。
いや、声楽って難しいのよ、そこ1ミリ違ったら違うんだが、でも大事なのは、学び続けることと、見ようと思い続けることで、当たり前だがこれはイタリア発祥の技術だから、あんまりイタリアに疎くなっている先生は危険なのである。
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厳しいというより、イジワルイ先生が多いが、それ医者もそうかもしれないが、偉い先生は「大学」で雇われてるから、町場に出た時点で落ちこぼれですからね、そのルサンチマンとかお客に向けがち。あるいは「適当」にあしらいすぎ。
良くないよ。今来ているお客の幸せを考えないでどんな接客仕事も無いじゃん。
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才能なかったことなんかいつまでもうじうじしてないでさ。町医者は大事なんですよ、大学病院は混んでいるからね。
うたも。みんなが芸大の先生につけない。
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先生という職業は、人の不具合を自分の技術で良くすること、だからね。
医者も適職でやってる人なんか少ししかいないんでしょうね。
特権が多い仕事は天職な人がやってほしいです。

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