宝槻美代子オフィシャルブログ

イタリア2回目マスタークラス終了

帰りの長ーいターキッシュエアーの中で思った。
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ああ、わたしはうたで生きていけるかもしれない
うたをうたっていく端緒についたかもしれない
飛行機落ちないでくれ給え、5日間習ってきたルチア先生の教えをどうか日本で少しでも教えられるようになりますように。
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飛行機は落ちなかったので、そして働き者の私は翌日からレッスンドルマな日々であるが、
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ルチア・リッツィ先生
スカラをはじめ国内外で活躍し、コンセルヴァトーリオで教鞭を取っている、という経歴などどうでもいいのだが、もうその声を聞いたら「絶対正しい」と思うのですよ。
思えばいろんな先生についてきた私であるが、その先生方の声になりたいかといえば、出来たらなりたくないのであった。
それは変な話だが、なんか行きがかり上(音大受けるとか二期会入るとか政治的な意味とか)でいろんな先生についたわけだが、申し訳ない誰一人「惚れた声」はなく、むしろ自分の声の方がはるかに「好き」だし、いや、今までで一人だけ本当に惚れた、嫉妬した声があった
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横地康子
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二期会の友達である。
これだけいろいろな声楽の友達やら先生やら知っている私が心から惚れた声はこの人だけであった
好きと嫉妬のはざまで恋愛感情ではないかというような倒錯した気持ちすら持ったねー。
死んじゃったけど。
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この世は修行の場なのだと思う。
なにか突出した人は早くに修行の場から引き揚げてもらえるのかもしれず、才能のないものばかりが長生きするようで申し訳ないが、才能のないのを生かして私はせいぜい長生きでもして「本当の声」の戦いを戦い抜く、よ。
あるいは才能のある者こそ強くなければならないね。自分の才能を守るために。
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才能のないものに出来ることは、年1の検診も行き、出来る限り自分のなけなしの資材を人様のために尽くすことと、納税することだと思ってやまない。確定申告はお早めに。
人生かけてうたの仕事しようと思った。今週来週くらい来る生徒の皆さん、1・5倍くらいは濃いでっせ。
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閑話休題
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帰ってきたら、実はとても気にしてたんだけど、息子の勤務地が決まり
うつのみや だって。すべて希望通りの配属らしいが。
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うーん。
今年一年二人暮らしでほんと楽しくしてしまったので、母として悔いはないけどさ
母は泣かないで旗を振らねばならんね
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日本国のために働く立派な人になってほしいです。
どこに立ってもやっていける「体力」をつけたと思うし。
高い学力をつけるということは、自分のため、他人のため、そして国のためという「ため」があるなら、最高級の「ため」で生きていける、生きなければならないということです。
原資がかかっている、国から、(微力であったが、私からもね)
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好きに生きる、などとは才能のないものにとっては「害毒」でしかない。
才能とは自分を亡ぼす病気である。ありがたいことにほとんどのものにはないので安心。
才能のないものはひたすら自分のなけなしの能力を人に差し出すような生き方をした方がいいのである。
自分のために生きようとすることは能なきものにとって拷問である。自毒でやられるというか。
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人は毒である。微毒か猛毒かはあるにせよ。他人に使ったときに薬になる。私たちは皆薬売りなのですよ。
その「売り方」を教えるのが教育である。高く売ろうということではない。飲み込んでもらえるような「工夫」を教育と呼ぶ。
もちろんそこには金銭が介在するので、人は一銭でも高く売りたいが、それは「あとの祭り」でしかなく、銭とはそのやり取りの「瞬間」でしか「真実」めいたものは発生しない。
「悪いことして銭儲けをしてはいけない」のはその先に銭による「毒」が貯まり、高脂血症や痛風になる恐れがあるからです。
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好きにしたらいいよ、と私は親に再三言われて育ったが、「好き」なものなどないのである。
好きなものがない上に、決まりのないだらしない家だったので「当たり前のしつけ」もないのである。
トイレをどこでしたらわからない犬ネコのように、どこでなにしても「怒られ続ける」私であった。
じゃ、享楽的に生きようか、ったって貧乏性遺伝子がそういうことも許さないし、
私は本当に迷ってた、萎縮もしてたし、引きこもりでもあった
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それを脱却しようと、ししろーと暮らして「貧乏」になろうとした。セイカツ、が私を「罰して」くれるのではという期待があったが。
今ならわかるが、貧乏が欲しかったんではなく、私は「リミット」が欲しかった。
でもそんなの初めに親がしつけてくれればいいだけのことでなかったか?
勉強はちゃんとしましょう、トイレは砂でしましょう、お箸はちゃんと持ちましょう、ご挨拶はちゃんとしましょう、そんなことよ。
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娘のところに来ている3兄弟の末の妹が発狂した。
レッスンを待っている時間に、付き添いのお母さんに「くまちゃんかいて」といったらしく、お母さんが「くまちゃんを書いたこと」に発狂したのです
すべての色鉛筆を投げ出し騒いだらしく、娘が「帰りなさい!」を目を見て腕をつかんでいうと大泣きしたというんですね
安心したんだと思う。人はランドマークがないなら歩けない。ここだからここ!と言ってもらいたい。そしたらそこから「スタート」できる。それを言うのは少なくとも「親」だと私は思ってやまない
「ここ」が『ここ』であるには少なくとも1名以上の認証がいる。いや、いずれ「知る」だろうがさ。私はやはりきちんと家庭が機能してほしいと思う。それが一番早いから。
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私の話に戻るが
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で、出来もしない音楽で「リミット」を作ろうとしました。痛いだけでした。
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だから親がちゃんと壁を作らないと
それを越える調教犬のような訓練をしないと「壁」も認識できないし、脚力もつかないし、「回避」もできない。
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貧乏はいいよ。壁になるから
くだらない決まりもいいよ、壁になるから
バカな教師もいいよ、壁になるから。
バカでえばってる父親っていうのもいいよ、壁になるから
ひたすら決まりを守って「フツウ」を順守するように言ってるバカなお母さんというのも古典的な壁よ
でもそういうのくだらない、っていうことになり、じゃ新しい「壁」は誰が作るのさ
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一番難しいのは壁がない事よ。今の子どもたちのあるいは親たちのお困りごとはそこであろうが、では親が身を挺して「壁」になる勇気はまたないのである。
いい人でいたいからね。理解ある友達のような親など「害毒」である。
好きにしていい、とか物分かりがいいとか、東西南北を決定するものがないって樹海に子どもを放つようなもんではないか
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私の話に戻るが
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樹海から生還しました。
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だから子どもたちには羅針盤を持たせたつもりですが、機能しますか、いや、うつのみやは北ですね、仙台よりは南です・・。私は鉄道好きなので、よく鈍行で行きましたが
そういう街での「ある人」の生き方なんかを物語にして考えるのが趣味なんですが、その都市特有のデパートがあると萌えちゃうな。今はどこも経営が苦しいでしょう。いろいろ腐心している「そこ」が地方都市を感じるポイントです
山梨の駅前のそういったデパートの最上階のエビフライとか。その哀しさから地方は出発するといいと思う。それ「どこにも」売ってないから。わたしのセンチメンタルはまだかすかに「そこ」にある。でも「地方」がそれに気がついたらもうそこにセンチメンタルはないので、私の「悪趣味」な旅行も終わるんだけど。
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私はシビックセンターと男女平等センターと銭湯と成城石井とイタリアにしか行かない。でもうつのみやも行く(泣)
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岸壁のスタバトマーテルは考えるよ
ネコでも飼おうかな。
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一緒にコルソ参加であったイカラシさんからは、猫じゃなくてうたでしょ、というメールが来てる
イカラシさんって、後半生であった最大の友だと私は思っています。素晴らしい声の持ち主なのになぜか毎度自信がないが(日本歌曲コンクールで奨励賞を取ってる)彼女の目指す「最高」が少しわかるようになった。
「押さない歌い方だととっても前に来るというか、説得力のある歌になる。
押してる!と言われた時はむしろ聞く方が後退したくなる感じ⁉️これが違いなんだととてもわかりやすく思いました。
ほんとにルチア先生がおっしゃる通りなんですよね」
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そういうことですね。
いいうたって、観客の耳が開くかんじ、スピンジェレ(押してる)とマエストラ・ルチアはすぐだめ出すのでほんと怖かったです。でも最後はよくわかった、スピンジェレとイタリア語の位置でうたうというその微妙な線が見えるようでした
こういう感覚は持って2週間(早)でしょう。夏にも行くべきなんだろうな。
来年は6人予定で行くが(もう5人は決まってるんですが)一日多くしました。こんなコルソはあるようでない、とピアニストが言ってましたが、そうだと思います。
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うたやっててよかった。
イタリア出国の際、入国ハンコが見つけにくいところに押してあるというだけで、なんか英語でまくしたてられたが、わかんねえよ。むこうが違ってたのに謝りなし。
過酷な連日のレッスンでお土産を買う間がほとんどなかったので、最終日の午前午後に綿密な土産計画を立ててたんだが、うっかり皆で昼めしを食べてたら午後に店は全部閉まり、土曜だけ10時からやっている市も回収されてしまった。
でもさ、人も大勢集まってたんだから、せっかくトラックかなんかで持ってきて開いた市くらいもうすこしやっててもいいと思いません?私なら夜8時くらいまではやるがな。
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根本的に何かが全く違う。
「儲け時」であっても「休み時」を逃さない。それは私たち日本人には絶対できない所業。
24時間店を開けるとか開けないとか意味わかんない。
10時から12時、4時から6時の間に買い物しないと水も買えないが、その時間はレッスンなので行けないので(自販機も無し)
水は買えません。ルチア先生のように次回から水筒持っていきます
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そんな「壁」も必要
買ってやる(それがたかが水一本でも)という意識は人を路頭に迷わせるね。

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