宝槻美代子オフィシャルブログ

自分のうたを取り戻そう

1月5日なんか松の内じゃん。
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朝9時半から合わせして10時ちょいから当教室発表会(12人参加)皆さん熱演で(うまいよここ)12時半になってしまったが、その後1時から二期会マミーシンガーズ新春オペラコンサートのリハ2時半から本番。
何がすごいって、ピアニストの中島裕子さん(全部任せてしまいました)です。わたしはこの人に出会えたことが嬉しくてたまらないが、私も二期会のピアニストやらいろいろなピアニストは知っているんだが、うまいとかそういうことで言い尽くせない。「ありえないです」
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音色がきれい。
もう一度生まれるとかあるなら、こんなピアニストになりたい。その上人格が良すぎ。それはピアノに愛されているからだろう。
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私のように、愛されない、ということを「糧」にして何とか持ちこたえている人生もあるが、ゆえに愛されている音、に参ってしまうのである。
音楽は愛されてない人のやるものではない。才能といってほとんど近いけど、本当にすべて持っている人は天衣無縫なのである。
そんな人は少ししかいないので、地球は嫉妬のるつぼである。
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でもなんかやって生きてかなきゃならんじゃんよ!
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しかしその5日に中島伴奏でうたったRitorna vincitorは少し何かが見えたような。
いや、12月にマエストロ・ジッベラートのレッスンでいわれた「支え」の意味が今更ながら最近よくわかるようになってきた。
支えてない音は即座に指摘されるということで、やはりイタリアに行く意味ってそこだと思う。
これいいでしょ?な私ごときが考えたちょこまい「表現」は全部即座に没であった。
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支えから声を出す、ということが声楽のすべてだと思われるが、支えって何?
これしかない、という覚悟のような、腹をくくるとかそういう・・。つまり横隔膜をどうするこうする、そんなことでもなく、それは「嘘をつかない」に近い。
あるいはだらだら長年続けているというようなことも同義だと思っている。やめない、にはなにか神々しい理由がある。祈り、とかそんなことに近いか。
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私は小学校のころから「人に指図される」ことが馴染まないのであった、自分の支えは自分で!と主張している割にはいろんなものに依存しようとする卑怯な人であるが、しかしやっとうたがうたえるか、な。ちょっと嬉しいお正月。自信の発端がつかめるような気がした。自分の無能と手を打つ、いや、自分の才能を「受け入れる」。学校教育って、バカが指示することに耐える、が目標。それ「受け入れられたり」するお友達と仲良くするのも何かの修行なのか。つまり「支え」がない事自慢みたいなさ。
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 今日7日は正月飾りをすべて終い、七草がゆを炊きました。私はこの手の日本の行事をちゃんとこなす日本会議推奨な声楽家です。一月一日といううたも高らかにシビックでうたいましたよ。でも人に言われてやるのが嫌なんですよ。自分の支えから行動したら日本会議の推奨するようなことしてた、というのはいいけど、強制されてやるのは依存で洗脳、つまり支えの外部委託。洗脳の先には破滅しかない。自分の支えからやろう、そうすれば人の支えも支持できる。みんなちがってみんないい、なんてそこからしか言えない。
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周辺のバカに懲りたらぜひこの教室に来るといいです。ここは梁山泊です。ちなみにバカとは言語がメタ出来ない人を指します。良識人の苦しみ所はいつの時代も「バカ」にです。言語で何言っても通じねえし、バカだから。
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今日はピアノのレッスンに久しぶりに行った
前回キブンヤさんで端で何となく弾いたバッハのイタリアンコンチェルトだが、一応人前で弾いたのでそれは終わりにして、次回はベートーヴェンソナタの25番ってソナチネのようなものだと思うでしょう?いやなかなか難しいのである。今日はじめてヘンレ版を買わないとだめだと思った。井口版でずーっとやってた時にわからなかったことがいっぱいあることに気が付く。スラーの終わりの感覚とか、それに付随する指使いだとか。つまりそれはどう「うたわせる」かの方法に過ぎず、音楽のすべての大本は「うた」なのであった。
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じぶんのうたを取り戻す(ということは初めからあったと?そう、あったと思う。誰からの?自分からの。)

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宝槻美代子音楽教室
http://www.houtsuki.com/
住所:〒113-0033 東京都文京区
本郷1-5-7 宝生ハイツ707 (宝生能楽堂上)
TEL:03-3816-3461
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あけましておめでとうございます

やはり正月は家族なんですか。
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今年は徹底的にうたを極めてやろう!などとまた夜郎自大になっていますが、それは毎年そこそこは極めており、というか苦しんでおり、もうこれはライフワークの域に達しており、誰にも聞いてもらわなくていいくらいなんだが、とりあえず5日にRitorna vincitor をうたう、この日午前中は「新春発表会、朝!」もあるので(結構みんなうまい)ぜひ。文京シビック小ホール10時くらいから来てください。
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「家族」というテーマで本を読んでいるここ何年間。
これも少しずつ考えをまとめていきたいなあ、と思っているんだが。
それに付随した郊外論に最も興味がある。家イエとハウスとしての家、潤沢に本が出版されているわけではなく、その辺は食指を張っているのでほぼ読んでいると思うのだが。
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「東京から考える」東浩紀・NHKブックス/「団地の空間政治学」原武史・NHKブックス/「滝山コミューン」原武史・講談社文庫/「団地の時代」原武史・新潮選書/「ショッピングモールの法哲学」谷口功一・白水社/「新東京風景論」三浦展・NHKブックス/「現在知・郊外その危機と再生」三浦展ほか・NHKブックス/「都市からの視線」若林幹夫・青弓社/「郊外の社会学」若林幹夫・ちくま/「生きられたニュータウン」篠原雅武・青土社/「郊外の誕生と死」小田光雄・青弓社/「郊外と現代社会」若林幹夫ほか・青弓社
このほかにこれは!という郊外・家族論の本があったら教えてください。
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これらの本がなにか物足りずなのは、みな著者が「立派」な男でさ、そこで家庭を営み、生み育て老い死ぬ、「女」が書かれていない。女とは具体的なものでもなく「動けないもの」としての暗喩だが(「動かない」を「動けない」と言い換えることにより女は勝利したんだが。その戦略は巧みすぎて、ぼーっと鼻水垂らして突っ立ってる男たちにはとてもとても・・「やった」を「やられた」といってるうちは大人になれないが、いつまでも少女でいたいからね女は。毎日どこかからひょこりはんのように伊集院少佐や青いバラの人が出てくると思ってるから、me,too、でも今まで「やった」を利用してきた女たちが、「やられた」と主張し、その利益供与を受けないことにし始めたことは歴史的転換点かもしれない。しかしねそれは所詮「やり」を「うり」にできる「女」の話なのさ。女の大多数はそんなの関係ねえもんね、若い人たちって「真面目」よね。バカなのか、と思うけど。言語がメタ出来ないという意味において。男、大変よ、ぼーっと突っ立ってんじゃねーよ、とか言われて。でも立てなきゃなんないし、萎えるわ。少子化に歯止めはかからないでしょう。そのうちもっと強い女が出てきて「やらせてやった」とか言ってくれたら小気味いいです。新年からこんな話の展開になるとは思ってもみませんでした)
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テニススクールに通おうが、カラオケに興じようが、声楽を習おうが、そんな気晴らしでどうにもならないのが「人生」ってもんだと思う。しかしどれも「修行」すれば突破口になるのだが、そこまでなかなか追求しないし。お肌に悪くない程度な感じだと「気晴らし」にしかならないと思う。
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人間はサルではないのだから、「置かれた状況を考える」ということだけが一点突破の全面展開だと私は思うがね。
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気晴らしなんかしながら「シアワセ」な振りすんのやめようぜ。私たちは「ここ」にいる理由が見つけられない。だったらもう叫ぶしかないのである
うた、というより。
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「声楽」というのはあくまで「言いがかり」である。
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新年早々吠えてますが、こんな感じです。今年もよろしくお願いします。

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プリマ・ドンナ

〆の会はたくさんの参加者で、二次会も盛況(うたうのが一次会)
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その後大慌てで大掃除済ませ、今年は割と余裕で31日まで持ち越して挙句ぎっくり腰というようなことはありませんでした。
にしても年末はなにかと家のことがあり、といってももう「家族」は息子しかいないというのに、別に何かが楽になったということもなく、「家」がある限り、そこには家に付随した仕事があり、それは誰かがやらなくてはならない。
ジャカルタでお手伝いを使って暮らしてた主婦が言ってたが、お手伝い同士の喧嘩の仲裁とか大変だったというんですね。
要するに家事を誰がやるかではなく、家経営を誰がやるかで、それはたいてい女主人がやるんです。
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で普通は家事も家経営もやり、さらに母子家庭は「経営」までやって、もうプリマなドンナですよ。
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ああ、うたの練習などが全部その先になってしまうのを何とか改善したいという思いもあり、1月5日にコンサートなどやるんですが、マミーのみんなにしてもそこ大変でしょうに10人も参加。
「家庭」とは構成員の人数なのか、子どもがいるとかいないとかなのか、いや、もっと抽象的な何かだと最近思うが。
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そしてどうしていつも「家」の犠牲になろうと「努力」してしまうのか私は。教育なのか性質なのか。
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「自分のこと」をしたくないからだろうな、と思う。
自分の「本題」に入らないように人は細心の注意を払っているよね。
「家族」というのは一番の「逃げ道」になる。日本会議推奨だし。誰も疑義を挟まないが。
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自分を一番に置きなさい。
その恍惚と不安を受け入れなさい。
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来年こそ
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東京に遊びに来るというししろーに家の大掃除手伝わせて、お礼に飯おごってあげたが、息子や娘夫婦なんかと楽しくご飯食べに行ったりしていて、派遣村にでも行ってるのかと思えば、なんとか働かないで生きている様子。働かなければ派遣村に行くこともないのか。
占い師に、あなたは絶対お金に困らないと言われた、などという「迷信」を根拠にしているが。もう人種が違ってよくわからない。プエルトリコ人とかであろうか。
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プリマ・ドンナになる。
自分を自分に取り戻す年末。
良いお年をお迎えください。

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〆の会 本日

今日は〆の会です。
生徒総勢38人が一曲ずつうたって、下いり上はけ、です。
今日の今日お知らせしてどうなのよ、ですが、夜6時半から文京シビック小ホール9時半くらいまで、入場無料、そこから飲みに行くのですが、そこでの出席予定者は30名。これは記録だ!
Fougau春日店貸し切り飲み放題付き5000円。当日飛込あり。
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この〆に出ない人がだいたい20名くらいいるか、つまり当教室は60人くらい生徒が来ているのではないかと思われる(数えていないが、何となくたまに来るとかそういう人もいる。スナックかうちは。声楽スナックみよこ。
おしぼりも水も出さない水商売。来る人が面白すぎる。ママがつまんないのに客が強烈なスナックみよこ)
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女性が圧倒的人数だが、まああらゆる年齢、様々な職業、様々な生き方、わたしは傍ら家族関係の社会学の本を読むのが趣味だが、フィールドワークになっているよね。
楽しいわ、先生。簡単に述べれば「こうあるべき」などと教科書に書けるような生き方などどこにもないということですね。
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でも「正しい家族」があるかのような歪な税制ナンセンス!納税は個人にしましょう、年金も個人にしましょう。
私は先月くらいに、自分の年金が5万なのを知ったが、国が正しい家族を設定して、そこに不平等を作っちゃいけないでしょ、人の上にも下にも人を作らないのが日本なら(息子に訴えたら、お母さんのようなアウトローが国からなんか貰おうと思っちゃだめでしょ、ってオレは無法者か、納税の義務はきっかり果たしております。そして息子の最後の学費も出し終えました。拍手。長きにわたる学費よさようなら、そこで培った能力を今度は国のためにお使いください)
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しかしヒトって平等が嫌いよね。
外国人受け入れは致し方ないが、そこには当然不当な差別が存在していくだろうよね、ジェンダーバイアス、人種バイアス、学歴バイアス、階層バイアス、全部「正当」に見える「差」が存在するかのように思われるが、ガイジンは言葉が不自由だったり(それもどうかと思うよ、最近の優秀なベトナム人なんかおでんのちくわとちくわぶの違いが判るからね。渋谷の若者は知らないかもしれない)女はすぐ責任放棄するとか、低学歴は漢字書けないし、計算のろいし、英語しゃべれないし。階層低いと劣等感強くて嫌な奴だったりするかもしれないしね。
でもそんなことより「根」なのは、人は自分よりダメな人がいないと幸せになれないという哀しい性ではないだろうか。EX)専業主婦は仕事だ的な意見がいつでもあり、その「仕事」を金銭的に計算した社会学者がいるが、ナンセンスである。主婦の仕事とは家族の「底辺」でいることである。主婦は家の底です。出来ない出来ないが口癖であるし、主婦のお金は汚いものであるかのような言動は目を見張るが(ボランティアならいい)主婦は稼いではいけないのである。「能力がないことが仕事」って、それは思えばしんどいことではないだろうか。
だからお父さんは頑張って仕事が出来るし、子どもたちもお母さんみたいになりたくないから勉強するのである。
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昨日はキブンヤというところで生徒6名くらいとライブをやってたんだが、そうだ、そこでの色々を書くのが声楽教室というものだろうが、私にとって音楽ってその場なので、もう振り返って文字にしにくいよね。
本当にみなさん素敵な歌声でした、とか、小さいライブハウスも崩れるかと思うほどの声量でした、とか。自分はRitorna vincitorを出だし間違えてやり直しました、とか。それI sacrri nomiに入るまで何となく居心地悪かった。
そこから流れが良くてうたいやすいし、たぶんIで入るプントの置き方が良かったんだと思うが、初めのところ課題だな。1月5日にマミーの会でうたう(1月5日マミーシンガーズ新春オペラコンサート、シビック2時から2000円)
最後島川君とのカヴァレリアは何回か目だが、その都度トゥーリッドが怖さ増してて、終わってから島川君が、こういう穏やかな場所の雰囲気ぶち壊すの快感ですよね、とか言ってたので、ほんとこれまたヒートアップしてどこか小さなクラシック聞くのがテレビ見てるより偉いと思っているおばさまたちがいっぱい来るようなところでまたやりたい。
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最近ブログ更新が減っていてつまんないというご意見多数なので
来週はジベラート先生のレッスンとかちょっとした大変さはあるんですが、もう大掃除モードになるので、来週からちゃんと書きます
では〆出演者後程。

もつ焼きやの隣

どうして人は幸せになれないかね?
永遠のテーマだわ。
丹田から気が外に出ないからだと思うが、こういうの生きてるうちに「解決」しようとするとどうしても宗教などに走るしかなく、宗教の中には「消費」を入れてくれてもよく、
そういうのでごまかしているうちに良しなに死ねるから、それでもいいよね
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人生はそんなに長くない。でも昨今そんなに短くもない。
でもいつか呼ばれる待合室での過ごし方などどうでもいいような気もするが、それを人生と呼ぶんだから、何とかしなくちゃとも思う。理想としてはわあわあわあ!!と叫んでいる間に呼ばれちゃうってことですよね。
つまり常に丹田から気を出し続け、出来ればそれが人のお役に立ったらとかいうが、お役に立つかどうかはどうだろう?人が決めることだし、それがお金になったらというが、お金は呼ばれたら没収だし。でもお金集めるゲームは楽しい。それは使い道を考えるよりずっと楽しいと私は思っている商売屋である(3代目)賭けなしのポーカーだって熱狂できるじゃないですか?待合室では麻雀やってるかなんか賭博やってれば時間を忘れるよ。
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今日は二期会の会議だったんだが、マミーシンガーズのリーダーなので行かなならん。でもマミーってほんと私が当初思っていた理念通りのもの以上になっており、私はもう顧問のような立場でろくに働いていないのだが、メンバーの活躍が素晴らしい。
どういう理念で始めたかというと
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まあ、音楽ってどのジャンルでも特にクラシックなど世界に通用する音を持っているのはほんの少しで、あとはその他大勢、大方は何々コンクールで何位でも、だれだれ先生についてうんたらかんたらでも、世界的には相手にされていないのである。その音で食べていける人などどのジャンルでも10年に一人というか、そらその1年に3人出ることもあるとは思うが。
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で、じゃその下でどうしたらいいのさ、という話だけど、そこにもいろいろ順列はもちろんあるわけだが、しかし私は二期会の研修所に行っているときは娘小学5年生息子幼稚園年中であったが、この研修所の練習を子どもたちに見せたいと毎回思った。研修生などうまいのへたのいろいろだが、でもとりあえず近くで聞けば迫力。面白い、躍動感、人の声ってすごいんだな、くらいのインパクトは絶対ある。そこで感動した子どもたちは将来絶対オペラを見に行く。オペラのすそ野を広げとかないと、宝生能のようになっちまいますぜ、一部の特権階級の自己顕示欲アクセサリーにすれば必ず何十年か後にはその文化はすたれます。
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教員免許を取ったおおよそ演奏などと言うものと程遠い教師が音楽の先生をやる(彼らの興味は「音楽で安定した給料と年金」)と決まっていますが、子どもたちに音楽のなにを伝えようとしているのか?かといってちゃんとしたソルフェージュ教育をしているわけでもない。
そんな教員に給料払うくらいなら、私たちがゲリラ的にオペラを持って乗り込んでいけばいいだけではないか。原語でいいが、そこ偉大なる文化二期会中山悌一先生の日本語訳を持っていこう!そこで感動すればその先楽譜を勉強したりは自分でするから。音楽の授業なんか毎度演奏会で十分。無能な音楽教師の恩給の場にしてはいけません。
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余談)10歳までに食わせればその人は一生喰うようになるのさがはは、とマックの日本総裁藤田田がいうので、私は子らに絶対11歳までマックを与えないように努力しました。アメリカってな、そういう分析がいかにも文化ない国の考えだが、「結果」から逆算するようなやり方。でも「提供するものそのもの」がくだらないとどうなのよ。定着したかもしれないが、マックはしょうもねえ食い物として認識されてただけで、私も小学5年の時にマックは上陸したので初めて買ったのはYWCA帰りの御茶ノ水店だったが、そのころはこんなうまいものほかにあるのか!と思った。が今じゃ「忙しい時」「金ない時」「しょうもない地域でマックしかないとき」「もう食いもんなんかとりあえずどうでもいいとき」しか食しません。
東大に行くメイン通りの本郷3丁目角のマックは撤退しました。「日本の頭脳」はとりあえず食べないか。パンなどすべてが柔らかすぎる。歯ごたえのないものしかたべられないのは病気の時だが、マック、コンビニの食べ物もまずそこから嫌だよね。「ちゃんと」した人間は歯ごたえのあるものが好きである。
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オペラ、はいいものだと思う。少なくとも人の声というものの可能性を限界まで突き詰めたエンターテイメントである。
さっきの言葉で言えば、丹田から外にどれだけ出せるの、どんだけ?という所業である。それを出来ない人がそれを見る見世物である。声のプロレスのようなもんかもしれないが、それはまじかで見てみるとやはりすごい迫力である。
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すごい選手は大きなホールで人いっぱい入れてもその凄さを出せる。でもさっきいった「その下」の演奏者だって出来るんです。ただし小さいところでやればよい。学校なら教室に乗り込んで場外乱闘としたらよろしい、
その時子どもの知ってる曲とかじゃなく、ぜったい「オペラ」である必要があると思ったんですね
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オペラにはそのくらいの力がある。
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その考えでマミーは始まり、いまや東京都に買っていただき年間10校学校回りをしている(行く学校選は激戦)そのほかどんな小さい公民館でも幼稚園でもお座敷がかかれば行く。
理念がメンバーに徹底しているのがなにより嬉しいです。
これ立ち上げての1年間は本当に苦労で・・・
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私はどんな苦難にも立ち向かってきました(いや、夫がキャバクラ依存症で家計が破綻したくらいな苦労だが、気の弱い主婦なら1年くらい寝込んで挙句うつ病くらいなるくらいのインパクトであったが、私が大変だったのはこの破綻者を更生させようという20年以上にわたる努力であった。私は「無理出し」をするのが遅いのだと思う。もっと早くあきらめてたら夫の傷も浅かったのかもと逆に申し訳なく思う、どうしていますかなにしてますか?私の名前を覚えてますか?ピアニッシモの秋ー中田喜直)
で、その私がめまいで起き上がれない一週間があったくらいに。マミーの立ち上げは苦労であった
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そのくらい本気なものには必ず賛同者がやってくるもんだね。
初期メンバーは最近話題は介護。でもうたっていくんだ!というおばちゃん根性。いきなり卵5個投げつけるようなうたうたってますよ。
音大出ようが二期会出ようが音楽がアクセサリーみたいになってしまっているのであればもう苦しまなくてもいいわけだけど。
だからマミーは決めたんですね。ボランティアはしない、チケット代で相殺のコンサートはやらない。あくまでスポンサーからの出資で(3000円で3人というNPOままとんキッズの仕事を私は1年続けた)やる。
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うたの社会性、というようなことを考えた。いつまでやってんの?発表会。投げ銭取ってでも「誰か」を見つけよう。私のうたを買ってくれる誰かを。
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マンション売却の憂き目だが(宝生のおかげでさ)相談している不動産屋が、飯田橋駅1分の買い取り物件を提示してきてくれて、笑った。
それは私はよく知ってる駅から1分。昭和40年代から建ってる長屋的アパートだけど、一階店舗、2階3階は好きに使える。3階貸すと月3万になるというが、いやいや隣りはもつ焼き屋、とにかく赤ちょうちん長屋。
まったく私はいいんだが。ゴキブリ出そうでダメかな。生徒に言ったら、私は面白くていいけど、新規の生徒さんは勇気でしょうね。
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いくら先生がこうでも、このマンションってことである程度薔薇背負ってるイメージが確保されてたとして、ほんとにもつ焼きやの隣になったら・・どうなんだろう
「そんな趣味もっている素敵な私」を捨ててもらわないとだが、そこまで捨てるのも文学的自虐だよね。
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声楽なんかもつ焼きの隣だと私は思っている者ではあるが、もつ焼きくらいにはうまくしたいよね。

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ポールマッカトニー論

ポール・マッカートニーさん、ってやはり類まれなる才能の持ち主で、人間って遺伝子の絶妙な組み合わせで、天才やら変態やらいろいろな奇異なものをたまに生むが、大多数はフツウなひとなので、安心して暮らしていいわけだが、才無き者にとっての最大の武器というかお友達は「努力」であろうから、努力しよう。能力は皆一律ではないし、みんな違ってみんないいけど、何か一つのジャンルを極めようとするならとたんに順位は出る。
だから何かを極めようとしない方が心穏やかに生きて死んで行けるわけだが、そういう生き方というのを若者は好まないよね。でも区役所の試験が難関だというのを聞くと、「平凡」を極めようというのもまた大変である。若いくせにどうして区役所勤めなんかしたいのかわからないが。人生どうせ大変なんだからせめて仕事くらいは安定していて5時20分に帰れる方がいい、という実利主義的な、そらそうだ。
うちの向かいの隣の人は区役所員だが、おまけに独身女子。最後にマンション買ったかベイビー?
穏やかな老後が待っているんだろうが、
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これこれの月給これこれのボーナス、これこれの年収、退職金、でこれこれの人生、ってわけにいくのか?日々の生活は予算内でも、人生の収支は?
でも予算オーバーするよりいいでしょ?そうだけど。
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おら、そんな辻褄合わせの人生なんかやだ、もっと何かないのか!生きてるってなんだ!!というのが若い人たちの悩みだと思うでしょう?
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ブッブー違います。70過ぎても人は悩んでます。それはまるで「平凡」に人生を全うできそうな人々がですよ。
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だからドストを読んだらいい。わたしは文学を読まないでどうやって人生を生きていけるのかわからないが。それは裏道までナビしてくれる最高のナビゲーターだが、いや裏道を特にだが。
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「人はただのピンではないということが証明したいだけで奇異なことをしたりする」 ドスト、たぶん地下室。
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つまりただのピンでよい、と決めてしまえば静かにたためる、いやあ、そんな生き方出来ないぜベイベー、宮崎駿のようになってしまった沢田研二とか、笑っちゃダメ。でも自己顕示欲ってみっともないよね。どうせ全うできないし。
凡人は努力もしながら無理しないで静かにしてよう。自己実現なんか出来ないんだから、たまにキャバ行ったりうまいもの食べたりコンサート行ったりそんなんで満足しよう、逸脱しない程度にね。
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でも例えば「声を上げたら」いいと思う。下手でも音痴でもそんなことではなく、声を出す、誰にでも認められている無料な表現、うまいとかへたとかそんなこと言わせない。
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そこうまくしたい方は当教室へ。そしてそこから解題しないと人の声など出るようになりません。当教室で、うたなどおおよそ無理な感じの人たちがうまくなるのは、「そこから」やっているからだと私は思ってます
「うたいたい理由がそこにある、そして、うたえない理由もそこにある」 当声楽教室のキャッチ。餅。
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いや、ポールマッカトニーを見よ。しかし彼も自分の「神」(それは憑りつかれたような)に忠実に生きているだけなのかもしれない。音列が浮かぶと頭の中をネズミが駆け回ると表現しているが。
そんな天才をまじかで見る不幸を他のメンバーは体験している。特にジョン。マッカートニー・レノンでサインしている曲も多くはマッカートニーの作品だが、音楽で負けるって、ほんとにかなわないをまじかに見ることになるので辛いよね。で、たいがいは「言葉」に逃げるが、その先に「小野洋子」がいた、呼吸をしなさい、という言葉にジョンはほだされたが、そんなの私だって言えるかね。音楽は言葉で説明しだしたらもう二流。
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みんな逃げた。ジョンはヨーコの持っている「言葉」に。ジョージはインドの持っている「精神性」に。相変わらずリンゴスターはそのままだった。彼はドラムがうまかったし、音楽が大好きだったので、そこから逃げるという必要はなかった。「そこ」とはポールの持っている天才性だが。
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解散3か月前のポールは本当に悩んでいた。もはやジョン、ジョージの心はここになく、ポール本人はよくわかっていないが、ポールの天才性に対する嫉妬と卑下だから。
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でも私はこの年になって思うね
ジョンもジョージも、なんでポールと一緒にバンドが出来る幸福の方に目が行かなかったんだろうかね?
相手に憎しみに近い嫉妬を感じ、その人からとにかく理由をつけて距離をとりたくなる、というのはよくわかるが、もっと自分を知ろう。その人と出会ったことでここまで来たということを認めるってことは自分の才能を否定することだが、いや、そんな天才と「ご一緒出来た才能」に感謝すべきでは。
近すぎたのかもしれない。今ならセッションなんかしないで録音は出来る。もう10年やってたら、世紀の傑作が何曲も足されただろ、もったいな、世界遺産に登録しよう、そうかもうリンゴしか残っていない
本当に音楽だけが好きだった2人が残り。
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 そみ、みそられ、れみふぁどどしそらそふぁみ、そららられどしどらそ、どれみらそ、そふぁみしど
ヘイ・ジュードだけど、だいたい「そみ」と下降型で励ます、ってすばらしい。
その後も割と低いところで励まし、れの最高音が出ながらすぐひっこめ、つまり人を慰めるってそういうことで、元気になってもらうのにいきなり高い音とか
でも励ましの歌だと
そどどれみみみふぁそ
とか作ってしまうじゃないですか、凡人は。凡人は凡例をなぞる。天才は本質を見極める。
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