宝槻美代子オフィシャルブログ

六号病棟

本当にこの仕事してて何が一番よかったかって

 

バカと付き合わなくていい

 

ということだろう

 

うちの生徒にバカはほとんどおらず、それは東大はじめ偏差値の高い大学出身者が多いというようなことだけでない、高学歴者はバカでない可能性が高いがバカもいる。私のおもうバカとは

 

表 層をその通り受け取って決してメタせず真意をわかろうともせず、わからないことを恥じぬばかりか自慢にすら思うような、そのくせ世間知にたけ、「常識」を 振りかざし自分の無実を信じてやまず、少しでも「常識」を踏み外したあるいは踏み外しそうな「思想」を弾圧し、永遠の凡庸は神にでも通じる道と勘違いして いるのか祈りの呪文のように「ふつう」「ふつうしないよね」を唱え、集中力がないことを快活と勘違い、凡庸を明朗と勘違い、思考力がないことを純粋と勘違 い、

 

勘違いは健康の元、全ての病気は「気」の病であるから、考えないなら病気ではないが、どっこいそれなら私は健康なバカより病んだソクラテスになりたい・・・

 

というようなことを考えがちな憂鬱なソクラテスの皆さん、おはようございます、世間はバカの坩堝故月曜は斯様に辛い、私は休みですから辛いソクラテスの皆さんに一曲うたでもうたって進ぜよう

 

 

梅は咲いたか桜はまだかいな

 

 

  電車で2駅ほどの千石「おとめ湯」に行って、帰り飲み屋を探して歩いたら、いまだほころばない桜並木、それは巣鴨へ続いており、ししろーが東京出て大学の コンパで初めてうたった曲が「また逢う日まで」だったというから、それは田舎から出てきた苦学生の堕落へのイントロダクション、いや、ことごとく出現する 「堕落の動機」それが巣鴨のその店の2階。

 

うまいこと勤勉でお人よしなソクラテスを捕まえ、こうして銭湯代とそのコンパ会場の一階、耐震補強無し次回震度5でやばいような飲み屋のエビスビール代を出させて、いやそういうせこいこと云うのはやめよう、立派な家には食客がいるものです。

 

その巣鴨駅前で酔狂で買ったチェーホフを読みふけった週末であった。

 

「退 屈な話」の新訳を読みたかったんだが、なんと岩波文庫、振り仮名だらけ。「貼りつく」「瓶」「塗り薬」も読めないか?(岩波ジュニア文庫だったかと表紙を 見返した)おおい、岩波、わかりやすく、はやめてくれ、わからないことは恥ずかしいと思うのが「普通」な国に戻ってほしい。岩波がそれを牽引してほしい。 読みにくくわかり難いを高尚と勘違いしてそういうものを読もうという若者の意欲を殺ぐな。

 

 そんなら文京区役所のホールの難解なネット予約や、準急行と快速の区別の難しい京王線の表示などを「わかりやすく」してほしい。

 

 

「退屈な話」に附帯されていてなぜか今まで読んでこなかった「六号病棟」が面白かった。

 

ソクラテス必読。

 

  田舎町でバカばかり、誰ともマトモな話が出来ず、本の世界に逃げているようなきわめて現実生活に「居場所」のない医長が、自分の医院の精神病棟に「話のわ かるソクラテス」を見つけてしまい日参、そういう事のわからないバカ達に(バカって少しでも「変」なことするとすぐ騒ぐから、そういうところも良く描写し てあり枡)積年の恨みを晴らすように「バカ」と言ったばかりにその精神病棟(六号病室)に収監されてしまう、というお話です。

 

要約としては完璧だと思うな。ぜひ一読ください。

 

 

 バカが大声で(バカは声が大きい。前頭洞に空間が多いからか耳が悪いからか)常識を語るような職場のソクラテスは皆心が寒い月曜日、自虐してココロなど病まなくて結構、正しいのは君だ、昔から文学は居場所のない我々の味方である。

 

そしてぜひ当教室にお越しください

 

こここそ私達の居場所、「六号病棟」でありますよ。

週間報告

音楽週間終り

 

火曜 府中芸劇舞台リハ
水曜グー 重唱3連チャン、ルチア、トロヴァトーレ、アイーダ、ほか
土曜 府中芸劇午前午後興行「うたう桃太郎」ばあさん役二重唱、ソロ5秒
日曜 金曜コーラスの恒例老人介護施設慰問演奏

 

でもこの間連日風呂屋には行ったし(人は好きなことは忙しくても必ずやりますね。忙しくて出来ないという言い訳は、優先順位が2番以降に下がった、と言い換えられます)全部終了後打ち上げましたし

 

何でもやれば出来るもんですなあ、がはは、

 

グー は最後体力が、というか集中力、いや、やはりそれを保つ技術が足りないと思いました。全部完璧に相手をしていただきました杉崎氏はだんだん尻上がりであっ たというのにです。毎度の課題ではあるが最近わりと調子良くなってきた低音が(それは年取った御褒美だと先生には言われているが)響きが減る。

 

Ritorna vincitor!
と冒頭うたったら地震が来たのにはびっくりというより、店から一人逃げてしまいましたよ。グーという店は避難路が一方にしかなく、ここで地震来たら誰よりも先に逃げなくてはなあ、と日頃から自分のことばっかり考えてたもので、それが出てしまいお恥ずかしい限りです。

 

土 曜、府中芸劇はマミーの仕事。なかなかの水準だったと私は思いました。このパッケージは台東区からの依頼で「早寝早起き朝ごはん」キャンペーンの為マミー は区内で配るCDを作った事があるんですが、それの舞台版で桃太郎とくっつけ「うたう桃太郎早寝早起き朝ごはん」という1時間くらいの音楽劇を作ったんで すが、まあ、良く出来てるのよ。桃太郎はおじいさんおばあさんの作るおいしい朝ごはんで立派に育ち、方や鬼はコンビニのものばかり食べて、夜はゲームして るから、鬼が島の決戦で負ける、でも最後はみんなで田畑を作って健康に暮らしましょう、という共産思想で終わる(生協に売り込みに行こうかと思う)という ストーリーで、まあとにかくマミーや客演がうまいから大変商品化していたと思いますよ。

 

終わってから5歳くらいの男の子が私のところにやってきて(他の鬼の扮装などには怖くて聞けなかったんだと思う)

 

みんなぜんいんなかよしになったんだよね?

 

と確かめに来た。このくらいまでの子どもってフィクションをリアルに感じられるようなんだけど、この能力はいつ失せるんだろうか?

 

と、 日曜は老人ホーム慰問、もうすでにこちらの金曜コーラスのメンバーより年下も多いだろうなホームの皆さんのお誕生会に招かれての慰問演奏です。演奏を供す ることでうまくなっていくという正しい循環を作っていると思う。20曲近くを暗譜で持っていくのはこちらも若くないわけで大変なんだが、絶対バリアを作ら ないという考えからやっていますが、できるものなんよ人のためなら

 

 

 リアルがフィクションになっていきつつある老人は子どもにも似て先の予測が出来なくなっていくようなんだが、

 

それなら「今」が楽しいしかない。

 

「今」楽しくしている人たちが「困った人」になってしまう状況というのは「大人」の都合である。大人というのは生活維持者であるが、なんで生活維持は「今」が楽しくないんだろうかね?

 

 

 

今日は生活維持の日なので、ダレた主婦の大掃除位には掃除洗濯、税金支払い(溜めてたので多額)どうしても、な緊急性のある生徒を一人だけ見てノルマのアダルジーザを見てやはり最後は風呂屋だが、

 

晴天だね、いろいろあってみんないい、差し迫った暗譜もないので今日は気持ちに余裕です。

フツウが一番

土曜のキブンヤは2時間半にわたる有志生徒の独唱重唱の応酬、皆さんお疲れでした。

 

フツウなOLだったりサラリーマンだったりの皆さんを こんな異常な世界に引き込んでしまって申し訳なく思っておりますよ。でも刺さった矢は後ろには引けない構造になっており、やりきるしかないので、みんなで 向こう岸まで行きましょう。此岸から彼岸へ行くには体力と祈るような練習です。

 

アイーダは次回グーでやります

 

とってもVerdi Night
3月14日水曜 7時半
本郷3丁目ライブハウス グー
3ステージ目は開放
チャージ2000円

 

出演
原由利子
杉崎竜二
ホウツキ

 

ここは私と原さんの実験場であるんだが、いろいろやらせてもらってありがたい場である。お客は常に2人から5人の間で推移。もしかすると私はこの店の「売れっ子」なのかもしれない。10人くらいは呼んでますから。

 

 

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日 本ってフツウであったかな人々が同じ言語を話し、争わず思いやり絆プロジェクトで暮らしているように見えて、いや実際そうなんだろうけど、もうすぐ未曾有 の大災害が来るというし、でもまあこの前も隅田川は死体の山だった話を風呂屋のばあさんがしてたが、それは東京大空襲の話しだが、

 

今時ののびのび戦士ゆとレンジャーはアメリカが日本と戦争したことすら知らない者もいると云います、しかしその前には関東大震災もあり、こんな危うい地盤の上でどてらなど羽織り鍋など囲んでほっこりしていられるその精神力はもはや彼岸のものですね。

 

「対策」意識が薄いんでしょうか日本人。なってから考える主義なのかとおもいましたが、フクシマでわかったのですが、なっても考えない主義でした。見ぬもの清主義。

 

い ろんなヒトビトがいますね。いつも紛争してる中東地域なども滑稽です。仮想敵を作る、それに向かって戦う、血が騒ぐお祭り好きな性質は理解しますが、ブラ ジルのように踊ってしまう方向には行かないんですね。いつも先の先の危機を考えすぎて過ぎた手をうってしまっうアメリカの神経症も問題です。世界を暗くす る思想です

 

日本ってなんだろう

 

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また話がでかくなりそうなので対談にします。でも最近陰のうすいししろーを呼んで鼎談にしてもいいかな、と。

 

し:呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん

 

先:面白くないです

 

司:最近あまりやばいことをしでかさないので、一見フツウな家庭生活のように見えます。

 

先:おもしろくないです

 

し:なにかして差し上げましょうか?

 

先:しでかすことも凡庸でおもしろくないです。所詮田舎者の逸脱①という感じでスケールがない、白飯食って寝ておれ、という感じです

 

司:云いますね。夫婦喧嘩の場ではないので注意してください

 

し:私は何も見ない、何も聞かない、なにも大事なことはしない主義なので大丈夫です

 

先:でもくだらないことはします

 

し: 田舎者の逸脱②です。実家はまじめでフツウな人しかいない家です。酒もタバコもまして女も賭けもパチンコすらやらない会社員のお父さんと専業主婦のお母さ んまじめで優秀な子ども2人という構成です。ローンで高台にマッチ箱のような一軒家を買いました。国産車1台は庭を一部潰して止めてあります。典型的な郊 外の核家族です。貧乏サラリーマンの家庭とは質素なものです。

 

先:しかし質素、という言葉から来る「いい感じ」がないのです 家は物にあ ふれ、食べ物もたくさんあります。お金がない、うちは貧乏だから、という枕詞が必ずつくお母さんがいるので、家族は「逸脱」できず、常に怯えた消費を強い られている。「貧乏」なわりには「かあさんは夜なべをして手袋あんでくれだだよ」的ないい話にならない。基本お母さんは働かず、かといって家もきれいなわ けでなく、子どもが優秀でない場合はもう教育にも熱を失いそれは全部貧乏で塾にやれないからだと言い張り、こうして家の隅々からお母さんのルサンチマンな 叫びが日毎聞こえてくるような家。

 

し:僕は優秀でしたから塾なんか行かなくても勉強できましたが、あはは

 

先:国立大学行 くしかないのでそんな環境から抜ける片道切符は学力です。逸脱③です。わたしは変な家に育ったので、自分も家族も、まして異母兄弟も向こうのお母さんも みーんな変人でしたから、ヘンでない「フツウ」な家族を見るのは初めてだったかもしれない。郊外型核家族、という社会学のカテゴリーですが近年それは問題 になっている。もう「犯罪」は郊外でしか起きないとまで云われています。「フツウ」を標榜する人たちの逸脱最終項ですね。

 

司:フツウであるというのは日本人がとても大事に思っている価値観だと思いますね

 

先: 人はフツウではないので、その枠からはみ出す部分がたくさんある。それをフツウのほうにあわせるので体に良くない。フツウという考え方はたとえばユニクロ の洋服のパターンが誰に合わせているかさっぱりわからない「標準」を持っていて、誰にでも合うけど誰にも合わないのと同じで、そんなものは幻想なのです、 フツウとは怯えと怠惰と見得の集積です。お父さんの給料に不満があるならお母さんがヨイトマケでもなんでもすればいい、子どもも中学でたら働けばいい、で もそういうのはフツウでないからやらないんです

 

し:フツウが一番と教えられてきましたからね。公務員になれとしきりに云われました。でも今になってみるとそれが一番向いていたかもしれません。

 

先: 生徒から借りた鶴田錦史という琵琶師の評伝を読んでますが(「さわり」佐宮圭 小学館)まあ、フツウじゃない、ってこういう事で、その他大勢はフツウでい るしかないんだろう、とは思います。せいぜい昔のフツウじゃない作曲家が作った異常なうたでもうたって逸脱体験しているだけですかね。それはキャバクラで 散財するのと同じ逸脱ですが、こっちのほうがより濃厚な逸脱ではあります、陳腐な逸脱はみっともないです

 

し:「フツウからの逃走」ですか

 

先: フツウからの遁走です。そして私がやっているのはそれを斡旋する仕事、箱根の観光地なんかに良くある売れない「陶芸家」がやっている「楽焼体験の店」みた いなものです。作った作品は持ち帰れます。うたがいいところはこういうつまらないガラクタなゴミ作品が出ないところです

 

司:まとめるほどの内容でもないですが、そろそろ謎の整体師小池先生のところにいくので(小池先生はうちの声楽の生徒でもあります。うたうまいです)つまりフツウの生活からの逸脱を小さくやりながらフツウの人は生きていこうという提案ですか?

 

先: どこまで行けるかフツウの自分逸脱ラリーです、でも最近思うが、こんな大地震が明日来る家も知れない土地の上でのんびり鍋つつきながらたいした対策も立て ず(手をこまねいているという雰囲気でもないよね)フクシマではコメの生産も始まるようだし、「それ」はもうないことにしたんだね。いやあ、日本人なかな かに逸脱民族、フツウでないです。恐れ入ります。びくびく水買ったり西日本の野菜買ったりしている自分の臆病が思いやられます

その「資格」

久しぶりの快晴。

 

 シーツや大物洗濯に追われております。

 

 久しぶりの主婦(この「婦」という字は「差別」だということ で、私の良く使っている男女平等センターは「婦人センター」→「女性センター」→「男女平等センター」と変遷しましたが、そんな事いうならうちの生徒はお かまが多いし、私はオカマバーで遊ぶのが好きですが、おかまを入れないのは差別ではないでしょうか?マイノリティーを切り捨てるな!では男女おかま平等セ ンターとなるか?そもそもおかまは差別用語だし、性同一性障害?というカテゴリーにおかまバーのみんなは入れられたくもないと思うのでどうしたらいいで しょう?月曜の朝から考えることでもないですが、はじめから「センター」でよかったのではないでしょうか?)

 

で、「主婦」はそのままでいいのでしょうかね?でもその蔑称で呼ばれてなおかつ「主婦」でありたいというココロは「主婦の本質」ですから、触らないでほしい。「家庭士」みたいなことになって「資格」が要るようなことになりませんように

 

家庭士一級は魚を3枚に下ろせなきゃならないだろうし、日清少ない脂でOKらくらく揚げ物粉を使わず海老のてんぷらを揚げねばなるまいし、

 

いや、掃除もせずセブンの惣菜を並べる主婦でも主婦なんである。

 

主婦とは職業ではなく概念であるから、不在ですらかまわないんだと思う。

 

家庭士としては失格だろうけど。週何時間以上家にいること、仕事はあくまで「本業」を損なわない「パート」であること、家人の帰宅時に不在はマイナス2ポイント

 

 「主婦」・・こんな抽象的で哲学的な「仕事」があることに畏敬、なんでも具体で実際であるなんてつまらないことです

 

 なんとか省外郭団体の財団法人がすぐに「検定」制度を作りたがるのは、大きな収入源なのと、そういう事でもしてないと仕事がないからで、全ての仕事に実は「資格」なんか要らない。

 

「やっちまう事」が全部だと思います、そして対象者が「認可」すれば「成立」です、医者、とかそういうわけにいかないでしょうが、

 

 いやどうかな?「治せる」なら。治せない有資格者はたくさんいるし。

 

 

明 日舞台あわせで、今週末本番のマミーシンガーズも10年やってなんとかそういう事がわかってきたかなあ、二期会会員資格を持つお母さん、というキャッチは だいたい世間は二期会など知らないし、「お母さん」というところしか通らないんですね、お母さんが来てうたう、という営業はなかなかお金取るには難しい。

 

でも一回やって対象者が「いい」といえばいいわけです。

 

始 めた当初「売り込み方」をいろいろ考えたけど、そんなことでもなかったかな。ホームページなんか作ったけど、何しろメンバーがほとんどアクセスできないと いう体たらくぶりです。その辺もう少しちゃんとやったほうがいいんでしょうが、そういうの得意な人がなぜか一人も入ってこないんですよ。うたう「資格」の 中にはパソコンが不得意、という条件でもあるかのようです。

 

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たしかにうたなど資格はいらないですね

 

うまけりゃいいんで、でもあんまり自信ないんで二期会とか行って箔でもつけようかと思っただけです、うたにはもともと自信がないうえに私は音大は音楽教育科ですから

 

自信はつきましたか?

 

別につきませんでした。斯様に二期会などあまり世間は知りませんから、それは会員内の自己満足です。公益法人二期会にしてみれば会員は年会費4万、準会員が2万だったかな?大変な収入源です、たしか2000人くらいいるんですから。

 

どこで自信はつくんですか?

 

そ れを仕事にして家族でも養えばつきます。でもうたがうまくなるわけではないですが、顧客から「認可」が与えられたり与えられなかったりのなかで「形」は出 来ると思います、そこでより良くしたいという欲もでます。下部構造が上部構造を規定する、なんて古い文法で云うなら、経済活動にならないうちはどうにも自 信はつきにくいです

 

しかし趣味でうまい、という事もありますね

 

毎度書きますが、それは獲物の取れないマタギと趣味の狩猟 でいらぬ獲物をいっぱい取る貴族、みたいな感じですね。これも毎度書く近所の中華やですが、明らかに家で作るしまだやの3食セットのラーメンよりおいしく ないラーメンを出します。当主はあまりにキムジョンイル似で、キム主席がなくなってからしばらく店を閉めており、これはもしかして本当に喪に服していたの かも知れず、しかし再開しました。先日横を通りかかったらかなりにぎわっており、どうしたかと思いましたが、ビンビールとテーブルにはポテチの袋が・・・ なにか「思想」を変えたのかもしれません

 

うまくないのに「それでやっていく」という覚悟とはどのようなものなんでしょう?

 

思 い込み、でしょうか?まずは「店を開けてしまうこと」歌謡界では(いやクラシックだって)うまくもない歌で長年食べている人もいますが、自分のうたが良い という思い込みは人一倍強いんだと思う。それは耳の悪さを含め客観性が乏しいわけだけど、そういう大きな意味での思い込みがないと人前でうたなどうたえな い。まず隗よりはじめよです、自分を信じられないような「客観性」はいらない。

 

じゃ資格なんかどこにも要らないですね

 

うた、はそうだと思います。クラシックだと他人の書いた楽譜を演奏する必要があるのでいろいろやらねばなりませんが、そればかりやってても仕方ないですが、みんな良家の子女がやっている事が多いので、ついそういうお勉強に逃げ込みなかなか「お店」を開けない。

 

まずくともまず店を開くことが大事なんですか?

 

そ うなんではないかな?そこが一番「辛い」ところです。自分が「売り」に出されるわけで、良いと思ってたこともあっさり否定されますから。でもそれでも反省 などせず提供したら良いと思います。でも少しはうまくなることを画策する、あるいは最後はポテチを出そうが店は続ける・・諦念のような神々しさです。それ を笑うはたやすいが、人はそこまで出来るのだろうか・・いくつになってもうたっていたいなあ、みんながまるで聞いていないのにうたっているというよう な・・。

 

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 数学が好きなので理系の選択をしてしまった息子だが、どうも工学より経済のほうがやってみ たいと思いだし(経済アナリストとかいうのになりたいんだと思う。ワールドビジネスサテライトとか出てきてかっこいいもんね)今から文転するのは不利なの で、大学行ってから3年で転科しようとしている。

 

高校生はそういう事考えちゃうんだろうけど、そんなのどっちでも同じだよ。もっというなら経済の勉強なんか大学行かなくても出来る、経済アナリストなんか資格は要らない

 

でもそれにはキチガイのようにそのことだけやって夜も昼もわからないくらいな10年がなくちゃ。

 

もし「資格」というなら、そういうことだ。それが出来るのは「変態」なんで、そういう変態には必ず仕事がある。そうでないと変態が浮かばれないではないか。

 

 かあさんはきみの沖縄修学旅行の国内線3時間往復だけでも心配で1時間ごとに生徒を待たせて飛行機事故がないかチェックしてしまうようなばか親なので、出来たら日本経済だけ日本国内でだけアナライズする仕事に就いてほしいです。

不足の発見

つまり、この生活じゃいけないんじゃないか?何か違っているんじゃないか?

 

と思わせ、そこの不足分を強調、それがないと「充実した人生ではない」と思わせる商売

 

第三次産業の発展形、もうそれは「みえぬものでもあるんだよ」というちょっと間違えれば詐欺、間違えなくてもココロ、ボルトとナットを作っている円高で苦しむ町工場社長に機械油の染みた手を前掛けで拭き拭き

 

おら、いい加減にしとけよ

 

といわれて当然だ、というようなヒヤッと感はいつも持っていようと。そういうの「センス」じゃないかな。

 

本当の充実、充実した自分幻想、

 

たとえば健康幻想。完璧な体などないが、今の体が重い、運動不足な感じがしてくるじゃないですか、どっか悪いと思い込むのも思い込ませるのも幻想持っているならたやすい。

 

たとえば痩身幻想。自分の今の体重が「自分のもの」であると思えない不思議。

 

たとえば充実した人生幻想。自分を生かした仕事について、やりきる人生

 

素 敵な家庭幻想。この指パパ立派なパパ年収高いです、カッコイイお仕事です、かっこいいのに浮気なし、中性脂肪なし、この指ママ優しいママ、お料理好きドメ スティックだけど社交的、不満云いません、美人ですでもパパ一筋、この指ぼくちゃん優秀ぼくちゃん、駿台模試は全校A判定、スポーツ万能、反抗期なし、趣 味はサッカー観戦とちょっとだけゲーム、あは。

 

 

不足分を数えるような状態はどこから生まれるかといえば大まかに云って「ヒマ」からくるんですから、不足に目を向ける暇もなければそのまま走り続けて前向きに倒れて死ぬだけ、といった人生になれば不足は解消。

 

立ち止まるといろいろ聞こえてくるという事で、

 

でも立ち止まっていろいろなことを考えようというような事が「余裕」豊かさ」の象徴であるなら、

 

そこは仕事の宝庫だわ。この時代「仕事」がないなどという事はありえない。就職活動中の皆さん、会社なんか行かなくても食べていくことは可能です。

 

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おはようございます
またも朝から濃い話ですが、先生はそういう余暇を利用して楽しくするというようなニッチ産業従事者なんですから、そんな種明かししてていいんですか?

 

そこはそれ、誠意とまごころでやっておりますよ。皆様の生活向上の一助になればこんなうれしいことはございません。

 

日記とかだと意地悪で偽悪的ですが、土曜の合唱の会最終曲「瑠璃色の地球」で振りながら泣いたりしてませんでしたか?

 

私 はお人よしの人情家です。文章になると武装してしまうんです、音楽も攻撃的でしたが、それは実力のなさを隠すためだとは薄々気がついていましたが、いまや 本当によくわかるようになりました。支えがしっかりしていると表面は柔らかく出来るものです。でもそれは今やっているアイーダ「Ritorna  vincitor」で非常に良くわかった、ここ最近の話です。これはまず3月3日にうたいます、ひな祭りになんてそぐわないうたなんでしょう。その後は グーのライブで、その後は4月にやるコンサートで、その後は7月にやる前澤門下発表会で、今年はこれで終わりです。

 

それ全部「発表会」ですよね。仕事はないんですか?

 

3月17日「早寝早起き朝ごはん、桃太郎」は仕事です。ばあさんの二重唱(1分くらい)と「早起きするには前の夜にー」というワンフレーズ(5秒)のソロがあります。府中の森芸術劇場ウイーンホール10時と1時半です。チケットぴあで売ってます。1000円也

 

話を戻しますが「わかる」過程にはわからない事を発見しなくてはならない、それはどんな風に発見されるんですか?

 

違和感、でしょうかね?

 

そうするとやはり冒頭の話しに戻りたくもないですが戻ると「不足」のようなものがないと進歩もないんではないでしょうか?

 

不 足の発見、は人類だけがやっている行為だと思いますが、このまま永遠の不足感とともに滅亡するんでしょうが、へんな生き物ですよヒトは。空も飛べなきゃ速 くも走れない、牙もなけりゃ長い首もない、いわば身体的に無能な生物は「不足」つまり「出来る」との距離をいつもぶちぶち思うことによっていろいろやらか してきましたが、それに歯止めはかからないでしょうから、永遠に不機嫌でしょう。それに「出来る」は出来ない時点では幻想ですからね。そして幻想は現実に なれば「ゴミ」ですから

 

そうなんですか?

 

私は出来ないことだらけなんでたいしたゴミも出てませんが。

 

めずらしく謙虚なんですね

 

こと音楽に対して私はひたすら謙虚で誠実です。そういうの隠していますが、非常な努力家です。いつでも不足分を考えています

 

「芸術」といった類の性質ではないんですか?

 

そうだとも思うし、そういう事にしておくとまとまりやすいのでいいですが、

 

ではどんな「幻想」な到達点を見てるんですか?

 

「その音」を出すために完全に従う体、というようなことです。

 

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7月の発表会も満員になってしまいました、10月を取る予定ですので(文京シビック)エントリーしてください。

 

やっていく中で不足を解消、いや不足を「発見」していけたらそれは良い人生なのだと私は思っています。

インフォ

人口過密で、中心機能が人体で言えば内臓と脳みそと脊髄くらいに集中している東京に、3年内に直下が来る確立が70パーセントだ、などと嘯いている国がどこにあるんだろう。一万くらいは死にますかね、などというけどさ。軽いなあ。

 

はいはいそうでございますが、それでは圧死するその日まで精一杯働かせて頂、税金も期日に納めさせて頂、放射能まみれの野菜など頂、

 

国防・・・。地震では万人も死ぬ予測しているのにステルス戦闘機なんか買ってる場合なのか?耐震補強費にまわしたらどうだろう?国民なんか守る気ないことバレバレ。

 

北の核の脅威っていうけど、ああた、福島にメルトダウンの放射能垂れ流しすら配備していて今更。

 

国防。それはプラモデルに給料の大半を使い果たしているアキバのお宅どものような歪な金使い、アキバのATMは土日ともなるとお金を引き出す人が多すぎ札がなくなるっていうじゃない、

 

女はまるで興味ないが、ステルスなんか云ったら息子は最新鋭ブラックバード戦闘機のレーダーを外れる飛行について楽しそうに語ったが、男は「戦闘」が好きなのさ。どっか24番目だかの遺伝子に組み込まれているんだろうよ。

 

いいよ、楽しいなら。そのかわり趣味の国防は「大儀」を言うなよ。それと震災もあったんだし、出費は程ほどにしてほしい。普天間もなんにもいらない。放射能垂れ流してへらへら「絆」とかいってる気味の悪い国なんかだれも襲わない。

 

 

 

さて、インフォメーションです。

 

2月25日土曜
6時から

 

文京区男女平等センター
文京区内で私がやっている合唱2つの発表会
入場無料

 

ソロ、重唱なども今回も有志が挑戦です。

 

ちゃんと自分の声を良くしましょうという事を強化している合唱と思います。

 

 

3月3日
ひな祭りコンサート
西荻窪ライブハウス「奇聞屋」
生徒有志9人と助演
チャージ2000円

 

昨日合わせ5時間、重唱多いです。ぜひおいでください

 

自分の声と格闘するってことは自分と格闘することなので、それは私ももちろん途上であるが、自分の体のマッピングがわかり、息をコントロールするってことだけど、それも脳が無用な指令を出さないようにしなきゃならないし、カラダは誰にとってもムズカシイが、

 

教えていて「暗黒なカラダだなあ」・・と思う事が良くありますね。自分に実体の見えない体、思い違いな体、息ひとつ送れない体、いう事を聞かない体、こんなに息で支えていないのにどうやって歩いたり考えたり発言したりしてるんだろう?と思うことがある。

 

自分のことは常にわからないけどね。
わからないこともわからないほど重度な体からは重症な音が出る。声が変われば体も変わるし、精神なんかすぐに変わるんだと思ってます。

 

頑固というのは息と体は頭でコントロール出来ると考える考え方ですね。

 

声があまりでない人はたいてい頭の柔軟性がないですから、ふざけるのも嫌い、冒険は嫌い、保守的です。息が自由にならないからです。

 

まじめなどというものは「腫瘍」の一種でしょうから、早く取り除いたほうがいいと思いますね。

 

「腫瘍」に頼らない人生を。

文京区の宝槻美代子音楽教室の講師によるアットホームなブログをご覧ください

文京区で人気の声楽教室・ピアノ教室、合唱教室を運営する当教室のブログでは、丁寧できめ細やかな指導で信頼ある講師が日常のエピソードや、音楽にまつわるお話を楽しく語っております。講師の素顔も垣間見ることができるブログとなっておりますので、受講生の皆様をはじめ、ご入会をご検討の方もぜひご覧ください。
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