宝槻美代子オフィシャルブログ

手ぬぐい40本入りました

 感じの悪い手拭い屋が近所にあり、ししろーの退職の引き出物(とかいわないね)に40枚もそこで手拭い(一枚900円もする)を買ったが、もう途中で「いらねえよ!」と言って帰ろうかと何度も思う(ラッピング、って袋入れるだけなんだが、1時間半じゃ出来ない、といい張り。「これだけやってるわけじゃないんでね」とか言うんですよ、ムキー!ほかに客なんかいないけどね、そらいろいろ仕事はあるよね)  

 

いや、失敗からも成功からもなにか学べる、と人はいうが、感じのわりい手拭いやからも何かは学べる。

 

 だいたい消費者はえばりすぎ。  

 

 ドトールでコーヒーが不味いとか言って怒っている「消費者」を見たことあるが、そんなこと言っちゃだめ。場所を貸していただいた上にコーヒーまで出していただいた、と思えば、感謝の気持ちでいっぱい。  

 

先生業なんかやってると、みんなありがとうございますといってくれるし、敬語使ってくれたりするし、だから自分が偉いと勘違いしがちだが、それは恐ろしく高い「音楽」という山に登ってる前提で、良くやるよ人生賭してそんなことやっててお気の毒、というか自分はイヤだけど、それやっててすげえ、というところで幾分かの尊敬をいただくわけだから、「それ」やらないでえばってっちゃだめ、だけど勘違いしてえばっている人は多いよね。

 

 人は弱いものよね、先生と呼ばれる人々がなんとなく「ろくでもない」のはそういうことだが、私が気をつけてるのは、「私そんな偉くないですよー」とへりくだって、そのかわり「こんなんでゆるしてね」をやることだろうね。やらないようにしてるけど、そうなってしまってるのはもうしょうがないよね、これからがんばる、とか小学生みたいなことしか言えない。  

 

 でも逆に教わる態度として「お客様」になると多くは学べない。  売値より多くを与えようとしているところに、値切ろう、という態度はもう圧倒的に「先生」のやる気を削ぐ。大体水の一杯も出さないで人からお金もらおうという「そこ」すさまじくいかさまだよね。

 

でも、だからこそ「そこ」が。物質である必要はないが、いかさまで無いように祈るような気持ちで・・そう、「物質」である必要はないが、だからといっていかさまじゃだめなのさ、何「がいかさま」かジャッジするって、いや、変な宗教になっちゃったほうがずっと「早い」、申し訳ないけど、「そこ」捨ててしまったものが「宗教」であるという私の宗教観があるわけだが。

 

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山本七平「空気の研究」など読めば、東京都庁のいろいろもわかるってものだが、この良書は難しい言葉で書かれていないがとても難しいが、昔なにかの週刊雑誌の連載ではなかったか?サラリーマン、これ電車の中で読んでたわけ?もうこういう文章今誰が読むっていうの?地下空間よりやばいその「空間」

 

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 しかし、ほんとに私も気をつけなくてはならないが、いままでどれだけの先生についてきたが、おなかの使い方ひとつ、なんだかよくわかる説明をしてくれる先生はいなかったよね。

 

 もちろん体はみんな違うので、統一見解のようなものがあったとて、それをひとつずつの体に落とし込むようなことはとても難しいし、でもそれをすごく考えて苦労している先生っていたかな?と思う。  

 

 たとえば「人類は平和になるべきだ」というようなスローガンって何にも使えないじゃないですか。

 

 同じマンションの管理組合と未だに私の心の中で停戦してない私は、その中の数人とはエントランスでもロビーでもエレベーターでも臨戦態勢だが(このマンションで一番区分所有が多いのはうちだって、こら小国らが)

 

 つまり、①いったん何かあった地に和平なんか来ないって、という問題、②戦争は儲かるという問題、③自分に自信がないと人とつるみたがるもんだが、「愛国」というようなこと「口実」な実は自分に自信のない戦争好きメンヘラー人間問題、④本当に戦争好きな人問題(男ってちょっとあるよね。奥さんに叱られるから黙ってるけど、軍艦とか戦闘機とかちょっと好きよね ⑤平和が続行というのは永遠のケの日の連続である。祭りや日本シリーズ観戦やオペラ鑑賞や恋愛や不倫やらでごまかしてハレを作っていることに心底飽きてしまったら問題・・などの諸問題でいっこうに平和は来ないが、いろいろな残酷な映像、やるとなったらここまでやるか映像、などのおかげで、まあ自分じゃなくても他人もこんな目にあったら大変だろうなあ・・くらいの想像力は個人があの戦争の世紀を経て遅ればせながらおぼろげに培ったとして、それが頼りないけど平和への一歩で、昔イトイが作った反戦コピー「だって痛いのやだもんね」ということが細い糸で平和へつながっている

 

 他人の体を想像する事。    

 

 いや、その他人の体を想像すること、というのはとてつもなく難しいんですよ。  ①自分のからだがよくわからないので想像できない問題 ②自分かわいさ故(それは自分嫌い故といい変えてもそれほど違わない)人をわかろうとしない問題、③他人に興味ない問題、それは寸分違わず自分にも興味ない問題 ④とにかくエネルギーがないので人のことまで関われない問題・・などなどの諸問題でやはり他人を想像するにはいろいろなイドラがあるのである。

 

というような諸問題で平和になるのも声楽を教えるのも難しいのである。

 

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手ぬぐい屋は丁寧に40包み作ってくれていた。1時間半もかかったが(ほかに仕事もあるしな)

 

これは女子用、これは男子用、これはユニセックス用などシールで分けてくれて(基準は不明) 

 

そう、客が何を求めているかに反応する前に、手ぬぐいを愛してたら手ぬぐいの行き先を考えちゃうよね、そういう人に手ぬぐいは売ってもらいたい。

 

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お客様は神様、ではない。

 

「そのもの」を愛すること、そしてそれを「愛想もなく」提示し(売るとさえ言わない)、それに賛同したものが金をだすこと。

 

新しい消費。さすがに本郷なのだと思った。

 

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本郷菊坂。その先2件で小池整体院、その先の先に私の愛した菊水湯はヘーベルハウスになってしまった。ここに毎日通ってたばあさんたちは、自宅のふろに入っているんだろうか。体力があるばあさんは「富士見湯」に行ってるが。

 

風呂とは「体を洗うところ」だけにあらず、たとえば私たち神田近辺の「センスあ」る小学生は「児童館」なんか行かなかった。駄菓子屋と神田公園の泥刑で全部だった。

 

、とすれば「老人館」みたいなものもあっていいかもしれないけど(バリアフリーで全部に手すり付きで、うそかほんとか職員がニコニコで)、風呂屋が良かった人たちもいっぱいいたはず(番台不機嫌だったりするがな)そしたら予算はそこイーブンにしてほしいよね。行政なりが考えて「しつらえた」施設が人々の体と心に降りてくるまでには時間がかかるのさ、そこに「血脈」ができるまでの時間が。そしたらそこを無下に破壊しないで(そういうの戦争みたいだよね)うまく「延命」できないのか?

 

 そういう「消費」をもしかして文化と呼んでもいいのかも。ブンカだよぶんか。

 

 

 

 

 

すみません・・

 いや、いきなり謝っちゃいますけど、昨日はあんな声帯くっつかない声ですみませんでした。

喉の調子が悪いなどということを本番中に言うなどというしょうもないこともさることながら、数々の失敗の本番はあったにせよ、風邪でもないのに声帯がくっつかない感じでうたったのは初めてで、私もうたいながら、次どうなるのか見当もつかず、下が出なくなってくるのは不調の時は定番だけど、注意のいらない中音あたりが出ない瞬間というのは恐ろしいものがありました。

 

しかし、こんな「逆境」でも私は得るものがあったと思いました。最後はもう「声」じゃないもの出そうとしていて、その時思ったんだけど、こういうことがしたいのかもな、と。

調子のいい時は「うたっちゃう」んですよ、声楽は「発声」だと思っているし教えてもいるんだけど、でも最後は魂だろうと思ってて、それを「いい声」でやらなきゃしょうがないけど、人生失敗からしか学べないこともあるのは知ってるが、前回6月も不評だったので、発声も変えたしで、満を持しての本番だったので、痛いです、学びすぎです。

こういう時は医者に行ってステロイドを打つべき、と楽屋で栗本に聞いたけど、思えば私は本番で風邪ひいてても咳喘息中であってもなんとかやってしまっていたので、そういう対処法を知らないよね、これはやはりそういう歳になったのか・・と。

こうなると「777」が出るまでやるパチンコ依存症のようだが、また3月くらいにこのパターンで同じところで(案外紀尾井サロンホールはうたいやすい、と昨日思いました、前回は何だこりゃだったけど。いや、砂原さんのピアノのせいかな)やりたいです。お越しになった皆さんもこうなるとともに「777」が出るまで来てしまう・・というような、いやいや、次回にご期待ください。やはりこういうこともあるので2人体制だといろいろ楽なので、次回もたぶんそうしますね。

 

 

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